
最近思うことがあります。其れは「中庸」ということです。出会い系で知り合った秦野在住の相手と別れた頃(6月になると思い出します。)もっとお互いに依存しあわなければよかったような気がします。まあ、援助交際から仲良くなった相手なのですが。お互いが好きになり親密な関係に発展していくとお互いを束縛しあいます。これも夫婦になったら婚姻関係が成立しているわけだから仕方ないけど、心の「中庸」は維持できたはずですね。お互いに相思相愛であれ、相手(彼女・妻、若しくは彼氏、夫)を思う気持ちが「相手を生かし信頼し生かすこと、私がこの世に存在するのは「見えざる手」によって生かされていること(哲学的ですが)」という「中庸」の精神を拠所ととするならば恐れや不安などは無いはずです。私はこの年になってこのことに気付きました。多くを失って、もう失うものは自分の命しかないと悟ったときに気付くこともあるんですね。











